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大分地方裁判所 昭和30年(行モ)1号 決定

申請人 清川村

被申請人 大分県知事・清川村選挙管理委員会

主文

本件申立はいずれもこれを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一、申請人の申請の趣旨及び理由は末尾記載の通りである。

二、当裁判所の判断

(一)  申請の趣旨第一点について

行政事件訴訟特例法第十条によると、違法な行政処分の取消又は変更の訴の提起があつた場合において、行政処分の執行に因り償うことのできない損害を避ける為緊急の必要があり、かつ執行の停止により、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれのないときに限つて裁判所はその執行の停止を命ずることができることとされている。従つて、たとえその行政処分が違法であつてもその執行に因り償うことのできない損害の発生しない場合には、その執行の停止を求めることは許されないと解しなくてはならない。ところで本件をみると、申請人は被申請人大分県知事が、被申請人清川村選挙管理委員会に対してなしたる本件境界変更に関する住民投票の請求に伴うすべての処分の執行の停止を求め、その趣旨とするところは、右請求処分の効力発生の停止を求めるものであると解すべきであるので、右請求処分がたとえ違法であつたとしても、これにより実施せられるべき投票の結果、果して償うことのできない損害が発生するか否か次にこれを判断する。

本件記録によると、被申請人清川村選挙管理委員会は申請人に対して、被申請人大分県知事の本件請求処分により住民投票を実施する為、その費用として金五十万四千六百円の予算の請求をしているが、たとえ、申請人が右金額相当の支出を為したとしても、申請人村の年間総予算が約三千万円前後であることと対照すれば右金額はそのおよそ六十分の一程度のものであつて申請人村の財政規模よりして莫大なものでなく、申請人村にとつて回復できない損害とは言うことができず、かつ、本件請求による投票の結果発生する損害は概ね右金員を中心とする金銭的損害であるところ、その金銭的損害は損害賠償其の他の方法により回復できるものであり、而して他に回復できない損害として認められるものがない。

次に本件境界の変更が実施せられると、申請人村より分離せられた地域の固定資産税及び村民税の徴収ができず、又申請人村全体の綜合計画の実施が困難となり、且つ分離地域における地下資源等に損害を生ずる等のことも本件記録よりこれを窺うことができるが、之等はすべて境界変更の行政処分の効力が生じて初めて生ずる損害であつて、本件請求処分により生ずる直接の損害と言うことはできない。

而して其の他本件請求処分によつて申請人に償うことのできない損害を生ずるおそれのあることは認めることができない。

然らば、この点において既に申請人の本件申請は理由がないからその他の点を判断する迄もなくこれを却下すべきものである。

(二)  申請の趣旨第二点について

申請人は、被申請人清川村選挙管理委員会は、被申請人大分県知事の本件請求処分に基いて、選挙人の投票に付する告示をしてはならない旨の裁判を求めているが、申請の趣旨第一点が前述のように既にこれを認めることができないものである以上かかる申立は、理由のないことが明らかであるからこれを却下すべきものとする。

以上申請人の申立はいずれも理由がないから却下すべきものとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 安東勝 菅野啓蔵 前田亦夫)

申請の趣旨

本案判決の確定に至る迄

一、被申請人大分県知事が被申請人清川村選挙管理委員会に対して昭和三十年二月二十八日地方第六〇四号を以てなしたる別紙第一目録表示の境界変更に関する住民投票の請求に伴う総ての処分の執行は之を停止する。

二、被申請人清川村選挙管理委員会は被申請人大分県知事の右請求に基いて当該地域内の選挙人の投票に付する告示をしてはならない。

との趣旨の御命令を求むる。

申請の理由

一、申請人は町村合併促進法の規定に基き大野郡旧牧口村、旧合川村、旧白山村の三村が合体合併の結果右三ケ村の区域を以て昭和三十年一月一日から新に清川村として設置せられたものである。

二、而して右新に設置せられた申請人清川村は発足当時の人口は町村合併促進法第三条の規定に依る基準人口八千人を上廻る実に九千六百五十四人総面積一一七平方キロとなり人的資源に於ては稍々貧困とは思はれるが町村合併の目的条件には充分適つた理想農山村として育成発展し得る状態となつたのである。

三、然るに被申請人大分県知事は合併新村たる清川村の設置に関し関係町村に対し通達のあつた昭和二十九年十二月二十八日から僅かに四日目にして而も前記三ケ村の廃置分合の効力を発した昭和三十年一月一日申請人清川村に対し別紙第二及び第三目録記載の如き所謂町村の境界変更に関する勧告をなし来つた。

しかし乍ら右被申請人大分県知事の右勧告処分は申請人清川村の新設が大分県知事に於て正規の手続を履んで設置され内閣総理大臣は前記三ケ村の廃置分合に付き昭和三十年一月一日から効力を与えこれを官報を以て告示し一切の行政措置は茲に完結して其の効果は確定した当日になされたもので全く行政秩序を害い地方行政上甚しい不安定と混乱を呼ぶの非難を免れず、このことは引て目下全国に渉つて推進中の町村合併促進の円満な遂行に与える悪影響は測り知れないものがあるが抑々申請人清川村が旧牧口、合川、白山の三村合併により新に設置された所以のものはこれに依つて清川村が町村合併促進法上の保有基準人口およそ八千名以上とされておるのを上廻る点、其他地勢経済事情も照合され村の組織及運営は合理的且つ能率的となり住民の福祉が増進され得るとなしたる点に在るに拘らず被申請人大分県知事は其の発足と同時に却つて村の弱体化を来す結果となること必然なる広範囲に渉る境界変更の勧告をなしたが申請人が此の勧告に従う時は地域面積に於て六十八平方キロを減じ残面積は僅かに四十九平方キロとなり人口に於ては参千八百七十八人を減じ残人口は五千七百七十六人を保有するに過ぎなくなつて町村合併促進法第三条において定めた町村保有基準人口八千人を下廻ること甚しく全く右法条の根本精神を没却するものであり従つて町村行政上、町村の規模を適正化する目的の為に定められた町村合併促進法第三条の重要規定に違背するもので右勧告処分は無効である。

四、抑々知事が市町村の境界変更の計画を定むるには地方自治法第八条の二の第二項に則り関係市町村、県議会、市町村議会、又はその長の連合組織その他の関係ある機関及学識経験を有する者等の意見を聴かなければならないのに拘らず本件の場合大分県知事は毫も之等の者の意見を求めなかつたから申請人は町村合併促進法第十条第一項に基いて知事の定めた計画に付て告示又は公表する機会なく境界変更の勧告処分を受けるまで同条第二項に依る選挙権を有する者が字其他政令で定める基準の地域に属するその総数の五分の三以上の連署を以てその代表者から申請人に対して意見提出もなかつたのみならず客観的に何等特別の必要と理由もないのに前記同法第十条の境界変更に関する特例手続を履践することなく直ちに同法第十一条の三の簡易手続に附し以て本件境界変更に関する勧告をなしたことは地方自治法第八条の二第一項乃至第三項並に町村合併促進法第十条第一項乃至第五項及び同法第十一条の三の規定に反する違法なものであつて無効である。

五、因に昭和二十五年十月一日現在の国勢調査に依るときは第二目録表示の三重町の人口は二万一千三百九十九人第三目録表示の緒方町の人口は一万五千三百九人を有し町村合併促進法第三条の町村基準人口八千人を遙かに上廻り該当町に対して態々申請人村の境界変更をして迄之に附添増大させる理由は毫もない。

六、依つて申請人は右被申請人大分県知事の勧告に従はなかつたところ被申請人は別紙第一目録の通り町村合併促進法第十一条の三第三項の規定に依り住民投票の請求を被申請人清川村選挙管理委員会になし来つたけれども之は前記の通り全く違法な勧告に係る請求であつてこれ亦無効の処分であると言はねばならない。仮りに叙上第二、第三目録表示の勧告が無効でないとしても重要なる法規違反のかしがある行政行為として取消さるべき性質のもの、従つて右勧告を前提とする別紙第一目録の請求亦同断たらざるを得ない次第である。依つて申請人は既に昭和三十年三月十四日御庁に対して被申請人大分県知事に対し前記各処分(勧告及請求)の無効確認及予備的として不当処分取消を求むると共に被申請人選挙管理委員会に対しては之が住民投票告示中止の本案訴訟を提起したが経験上右本案の判決確定迄には相当の長日月を要すべく従つて此儘現状を以て推移するときは被申請人清川村選挙管理委員会は右被申請人大分県知事の第一目録に依る請求の効果として即ちその執行として町村合併促進法第十一条第三項に依り請求のあつた日から三十日以内に所謂住民投票に付さねばならないことになり遂には違法による無効処分(仮りに然らずとするも不当にして取消さるべきかしある処分)の執行を敢てするの結果申請人は村政上償うことの出来ない損害を蒙る虞があるので右判決が確定する迄本件行政処分の執行停止命令相仰度茲に本申請に及んだ次第である。

(目録省略)

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